7月 31st, 2016

先ほどの投稿があまりにも雑だったので、
こちらの映像で涼を感じてください。

ちょっとぉ。びっくりしました。

水が横に落ちとる・・・
これ、映像を縦にするのはどうしたらええんや。

もやもや感の残る投稿になってしまいました。
ずびばせん。

はっ!!
ちなみにこちらは日本の滝百選にも選ばれている
栃木県の霧降の滝でした。

では、皆様熱中症には気を付けてくださいませ。


聴力

7月 31st, 2016

若者にしか聞こえないと噂のモスキート音。

ある夜。
ムムッ。これは例の・・・
もしや聴力が若返り・・・

いやぁ。もう夏ですね。
馴染み深い蚊の羽音

蚊めぇ退治してくれるわ!!


適材適所

7月 25th, 2016

この2か月の間、世間では様々な事件が起きましたね。
都知事辞職、英国EU離脱、ダッカやニースでのテロ、参院選、ポケモンGO…

サッカーでは欧州選手権でポルトガルが悲願の優勝。
フランスとの決勝戦、前半早々に怪我で戦線離脱したエースのロナウドが、ピッチの外から必死で仲間を鼓舞していたのが印象的でした。
エースを失ったがゆえに、逆にチームが団結したことが勝利につながったのかもしれませんね。

チームの団結による勝利といえば、昨シーズンプレミアリーグ制覇したレスターも。
岡崎が全38試合の心境を振り返る「未到 奇跡の一年」を読んでみました。

印象的だったのは、
「“チームのために”と思っている選手はレスターにはいなかった」
「自分のやれることを100%やる。それが結果としてチームのためになった」

それを可能ならしめたのは、
「選手の特徴をじっくりと見極め、適材適所に配置し、各々のストロングポイントを引き出していった」
ラニエリ監督のマネジメントだったと。

企業経営では、経営理念を共有して、組織のために貢献させるために様々な試みがなされていると思いますが、
なかなか成果につながらないと嘆きの声も少なくないかと。

発想の転換で、異なる考え方の人が集まっているのだから、ひとつの考えに無理にまとめようとせず、
むしろ個々人それぞれの希望や得意とすることを見定め、適材適所に配置することで、
結果として組織目標を達するように仕向けることが現実的なのかもしれませんね。
今月のFPジャーナルにもそんな記事が載っていました。

みんなちがって、みんないい♪

一人一人の特徴を生かす、という考え方は色々な場面で大事なことですね。


仕方ない星の仕業。

7月 1st, 2016

『ここが中途半端な場所じゃないなんて、誰にも言い切れない。

 どこだって、中途半端といえば中途半端だ。

 何でもある場所は、何でも手に入る場所とイコールじゃない。』

 

飛鳥井千紗著『点をつなぐ』より。

 

立ち位置というか、ポジションというか、そういうのありますよね。

肩書きだったり、立場だったり、役職だったり、まぁ、そういうやつです。

 

で、自分に置き換えて考えてみたときに、今ある自分の場所に一点の曇りもなく『満足している』と言える人がどれほどいるだろうか、という話です。

そんなやつはいない、という話ではないですし、満足したらそれまで、なんていう話でもないです。

一度でも満足できるところまで行って、そこから次を目指せたらそれはものすごいことですよね。

 

だから、自分の居場所を大きく変えて、別の方向性を示すのもひとつのやり方です。

自分の意図しないところで別の方向性が示される場合もあるでしょうね。

同じところに居続けることが絶対ではないですが、長くいることでわかることもあるでしょう。

 

 

はい。

何が言いたかったんですかね。

 

 

ではまた。


うぐいす色の言葉?

6月 22nd, 2016

『あのね、おろそかにしているように見えて、ちゃんとやっているんだからね。

 人生の意味とかね、世の中の歯車になりたくないとかね、そういうのはわたしも昔、考えていたんだよ、って話。

 周回遅れなんだから、偉そうにしないほうがいいって。

 あのね、歯車を舐めんなよ、って話だからね。どの仕事だって基本的には、歯車なんだから。

 で、歯車みたいな仕事をしていても、人生は幸せだったりもするし。』

 

伊坂孝太郎著『アイネクライネナハトムジーク』より。

 

 

最近ブログ更新してないね。

と、端々で言われます。

まあ、それは事実なんですが。

見る人は見ている、という認識でよいのでしょうかね。

上記にもありますが、社会の歯車になんかなりたくない!

みたいなこと言うと、夢ある若者みたいでなかなか滑稽です。

とはいえ誰もがどこかで歯車の役割を果たしています。

 

組織における役割、これ最近のテーマです。

 

嘘です。

 

このブログはそういうのとは隔絶されたところにある、というのが私の認識です。

 

とはいえ。。。

 

 

ではまた。


親のしつけ方

6月 4th, 2016

「しつけ」で山に置き去りにされ行方不明だった男の子、無事見つかってよかったですね。
しつけのつもりでしたことが大きな事件になってしまい、親御さんも、さぞ辛かったことと思います。

正直にいうと、わが家でも、道ばたでダダをこねた子供を、しつけのために、
置き去りにして、遠くから様子を見るようなことは、したことがあります。
いつか同じようなことが起きたかもと思うとコワイ、コワイ。

子供のしつけには手を焼きますが、うちの子で、ひとつだけ上手くいったと思っていたのは、
本をよく読むことです。

先日も「時間の使い方」なんていう本を読んでいたので、
「いい本読んでるね~」と、おだてたところ、
「学校で、もっといい本を見つけたよ」と。
「なんて本?」ときくと、
「“親のしつけ方”です」と。
「へ~、じゃ、ちゃんとしつけてね」というと、
「ビシビシやりますよ」と目を細めてニタニタと返してきました。

本を読みすぎるのもどうかなと、思った次第です。


力なき継続。

5月 27th, 2016

勿論幻想なのだ。

数学は概念であって実相ではない。

例えば 一と二の間には、無段階の開きがある。

でも、人は一と二の間を無視することで世界を単純化する。

数字だけで表される世界は薄っぺらで奥行きがない。

その厚みのない世界に奥行きを幻視して生きている。

だから、一と二の間を語るような話題は苦手なのである。

 

京極夏彦著『ルー=ガルー』より。

 

 

徳を積むのは難しいです。

基本的に、自分はこんなことやっています、ということをアピールしないと仕事は評価されません。

もちろん、そんなことしなくても見ている人は見ているし、見てない人は何したって見ていません。

しかし、これ見よがしにやった仕事では徳が積めません。

ここでいう「徳」というのがなんなのかあいまいなところですが、雰囲気だけでもやんわり伝えたいところです。

 

つまり、仕事はこれ見よがしにやらないと評価されないけれど、これ見よがしにやった仕事では徳が積めない、ということです。

もっといえば、徳を積まないと評価が接戦になったときに評価されにくくなることがあります。

ほら、なんとなくわかりますかね。

 

結論を言ってしまえば、私がこれ見よがしに更新しまくっているブログによって、私が徳を積むことはできないということです。

 

 

継続は力なり。

されども。。。

 

 

ではまた。


「最低限」の積み重ね

5月 9th, 2016

レスターがプレミアリーグ初制覇しましたね。
優勝が決まる瞬間を味わいたいと今月急遽スカパーに加入しました。
リーグ最多優勝の最名門であるマンUに勝って優勝を決めて欲しかったですが、
引き分けも許されない2位トッテナムが、2-0とリードしながら逃げ切り目前で同点に追いつかれたシーンも劇的でした。

優勝が決まる前週のNumberは、岡崎とレスターの特集でした。
そこに、今シーズンから就任して優勝に導いたラニエリ監督のインタビュー記事がありました。

さぞ高度な采配マジックが駆使されたのだろうと思いきや、意外な内容でした。
かつては「いじくり回し屋」とあだ名されるほど戦術や選手をコロコロと変えるスタイルで、結果を残せず揶揄されていたそうですが、
レスターでは一転方針を変え、昨シーズン終盤から好調だった従来のチームの方針を尊重し、予め用意していた戦術プランや練習メニュー
は捨てたのだとか。

代りに選手に求めたのはシンプルに3つだけ。
①ハードに走り続けること
②できるだけ早くボールを奪って速くボールを前に運ぶこと
③いつでもファイターであること
この「最低限」を「最大限」にやってほしい、と伝えて、後は全力を尽くす限り選手を信じて自由にさせたのだそうです。
一方で、消耗の激しいプレースタイルのため、試合の翌日の他に水曜日に休養日を設けて週休2日制にしたり、
岡崎やバーディーを休めるため、一定時間で交代させたり、シュート練習を休ませたり、「積極的に休む」仕組みも効果的だったようです。

前半戦の目標は残留ラインの「40ポイント」という「最低限」の設定。この達成に全力を尽くし達成したら、次の「最低限」として
「トップ10」、その次は「EL出場」、その次は「CL出場」と、その時点で手の届く目の前の目標だけを見つめ、積み重ねた結果の
奇跡の優勝だったようです。

少し前に読んだ記事で、やはり奇跡の復活といわれたサンフレッチェ広島の森保監督も同じようなことを言われてました。

就任4年間で3度のリーグ優勝を果たしても、シーズン当初の目標は残留ラインの「勝ち点40」なのだそうです。
「1試合1試合最善の準備をして、ベストを尽くすことしか考えない」「高い目標を持っていても、いま一生懸命やらなければ
積み上げられない」「それが結局は優勝をもたらしてくれる、振り返って「あ、優勝できた」、「頑張ったご褒美に優勝させてもらえた」
と考えるようにしている」と。

また、日経ビジネスの記事(#1831)にもありましたが、「結果にかかわらず、基本理念は変えない」、「できることをに焦点を絞って、
今ある資源の価値を最大限引き出す」という点も共通しているように感じます。

今できる「最低限」の目標達成に全力を尽くし、それを繰り返し積み重ねる。
愚直なようでも、結果を出すためには最も有効な考え方なのかもしれません。


好きな理由より嫌いな理由の方がハッキリしていると言っても過言ではないのだ。

5月 6th, 2016

と、いうわけで。

大型連休も終わり、なんだかなぁ的な初夏の訪れですね。

端的に言えば『あっついんだよ、コラ』ということです。

 

さて、今日は怪文書の話。

違います(笑)回文の話。

 

回文は前から読んでも後ろから読んでも同じになる単語や文章ですね。

 

単語では、

しんぶんし

とまと

 

文章だと、

私敗けましたわ(わたしまけましたわ)

関係ない喧嘩(かんけいないけんか)

内科では薬のリスクはでかいな(ないかではくすりのりすくはでかいな)

 

 

などです。

 

けっこうたくさんあります。

和歌を回文で読んだりしてる変な人たちもいます。

 

さて、今日はこれを、英語でやってみましょう。

単語では、

eye→目

civic→市民

radar→レーダー

などがありますが、やはり数は圧倒的に少ない印象です。

 

文章だとさらに難しいですが、

Panda had a nap→パンダが居眠り

Was I a lat saw?→私が見たのはネズミですか?

 

こんなところでしょうか。

 

前から読んでも後ろから読んでも意味が成立して、なお違う意味の言葉、というのもありますね。

 

日本語では、

といき : きいと (吐息:生糸)

立ったウミガメ : 女神歌った

英語では、

Gate man : Name tag  (門番:名札)

英文のほうは、ちょっと。。。

 

こちらはどう考えても難しいです。

興味のある方は是非に。

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 


震える大地。

4月 16th, 2016

 

4月14日に熊本で大きな揺れがありました。

 

 

SNS上で『11日だったらすごかったのに』と呟いた方がいて、しばらくして削除されました。

本当に、なにがすごかったんでしょうかね。不謹慎とかそんなレベルの話ではないです。

 

災害が起こらないに越したことはないです。

起きたときには、みんなで協力して乗り越えていくしかないです。

 

電気やガスが早い段階で復旧し、避難していた人が一部自宅に戻ったあと、大きな余震が来て行方がわからなくなる。

そういったことが多発しているようです。

 

でも、家に戻れるなら戻りたいし、それを止めるのは心苦しい。

でも、安全に避難していてほしいし、無茶な行動は避けたい。

 

結局、私たちは大地の鳴動よりもはるかに動揺していて、遠くから祈る程度しかやることがありません。

 

現地にいて、事態に直面しても、きっと何もできないし、

遠くにいて、事態を知らされたいまも、何もできないです。

 

 

 

ただただ、祈るばかりです。

 

 

ではまた。