どちらかというと曖昧。

 

『「私は考える、ゆえに私はある」というこの真理は、懐疑論者のどのような法外な想定によってもゆり動かしえぬほど、堅固な確実なものである』

―「方法序説」より。

 

 

さて、近代哲学です。

皆さんもご存知の有名人、ニーチェさんは現代哲学に分類されるので、そのへんまでが近代です。雑ですね。

 

で、冒頭の一文。

デカルトさんです。一応は有名なところをご紹介していますから、知ってる体でいいですかね。

近代哲学の重要な考え方はふたつです。

どうやって主観が客観を認識していて、その認識が客観に一致しているとする根拠はなにか、ということを考える「認識論」と、人間のあり方は社会のあり方によって構想できるという観念の「社会哲学」のふたつです。

 

で、認識論といえばデカルトさん。近代哲学の祖。

デカルトさんは、「考えたら誰でもわかるところから哲学を考えようよ」ということを言ってくれたはじめての人です。哲学者のなかでも庶民により近づいた人ですね。この「共通了解」という考えをもってすればみんながひとつの共同体として考えを深められるよ、というようなことを言ったわけです。

「われ思う、ゆえにわれあり」こういうばかばかしいところから哲学したというだけでももはや功績と言えますよね。

 

とはいえ、なんでしょうね。この近代あたりの哲学。すっと入ってこないですよね。なんででしょう、向いてないんでしょうかね、こういうの。勝手にやってるくせに何いってるんでしょうね。

さて次回は、近代哲学のもうひとつ、「社会哲学」とやらをやります、たぶん。

 

 

ではまた。

【参考:読まずに死ねない哲学名著50】