Archive for the ‘Hasegawa’ Category

「最低限」の積み重ね

月曜日, 5月 9th, 2016

レスターがプレミアリーグ初制覇しましたね。
優勝が決まる瞬間を味わいたいと今月急遽スカパーに加入しました。
リーグ最多優勝の最名門であるマンUに勝って優勝を決めて欲しかったですが、
引き分けも許されない2位トッテナムが、2-0とリードしながら逃げ切り目前で同点に追いつかれたシーンも劇的でした。

優勝が決まる前週のNumberは、岡崎とレスターの特集でした。
そこに、今シーズンから就任して優勝に導いたラニエリ監督のインタビュー記事がありました。

さぞ高度な采配マジックが駆使されたのだろうと思いきや、意外な内容でした。
かつては「いじくり回し屋」とあだ名されるほど戦術や選手をコロコロと変えるスタイルで、結果を残せず揶揄されていたそうですが、
レスターでは一転方針を変え、昨シーズン終盤から好調だった従来のチームの方針を尊重し、予め用意していた戦術プランや練習メニュー
は捨てたのだとか。

代りに選手に求めたのはシンプルに3つだけ。
①ハードに走り続けること
②できるだけ早くボールを奪って速くボールを前に運ぶこと
③いつでもファイターであること
この「最低限」を「最大限」にやってほしい、と伝えて、後は全力を尽くす限り選手を信じて自由にさせたのだそうです。
一方で、消耗の激しいプレースタイルのため、試合の翌日の他に水曜日に休養日を設けて週休2日制にしたり、
岡崎やバーディーを休めるため、一定時間で交代させたり、シュート練習を休ませたり、「積極的に休む」仕組みも効果的だったようです。

前半戦の目標は残留ラインの「40ポイント」という「最低限」の設定。この達成に全力を尽くし達成したら、次の「最低限」として
「トップ10」、その次は「EL出場」、その次は「CL出場」と、その時点で手の届く目の前の目標だけを見つめ、積み重ねた結果の
奇跡の優勝だったようです。

少し前に読んだ記事で、やはり奇跡の復活といわれたサンフレッチェ広島の森保監督も同じようなことを言われてました。

就任4年間で3度のリーグ優勝を果たしても、シーズン当初の目標は残留ラインの「勝ち点40」なのだそうです。
「1試合1試合最善の準備をして、ベストを尽くすことしか考えない」「高い目標を持っていても、いま一生懸命やらなければ
積み上げられない」「それが結局は優勝をもたらしてくれる、振り返って「あ、優勝できた」、「頑張ったご褒美に優勝させてもらえた」
と考えるようにしている」と。

また、日経ビジネスの記事(#1831)にもありましたが、「結果にかかわらず、基本理念は変えない」、「できることをに焦点を絞って、
今ある資源の価値を最大限引き出す」という点も共通しているように感じます。

今できる「最低限」の目標達成に全力を尽くし、それを繰り返し積み重ねる。
愚直なようでも、結果を出すためには最も有効な考え方なのかもしれません。


馬鹿祭り

木曜日, 4月 7th, 2016

私も参加させて頂いている税理士会サッカー部は、
東京都北区サッカー協会のマスターズリーグに加盟しています。

毎月1回、北区の施設でシニア委員会が開催され、チームの割当で私も参加することがあります。
また、リーグの試合が行われるのも赤羽スポーツの森公園競技場や北運動場など、北区のスポーツ施設です。
というわけで、北区赤羽界隈を訪れる機会が最近多く、日に日に親近感が増していました。

そんなときに下北沢のヴィレッジヴァンガードで目にしたのが、
俳優の山田孝之推薦ポップが付いて売られていた「ウヒョ!東京都北区赤羽」という漫画。
俳優として悩んでいた時期にこの漫画に出会って再生したのだと。
それを題材にテレビ番組も制作されていたのですね。

さっそくキンドルで読んでみました。
赤羽に実在する個性強烈な人々、お店、名所などが紹介される内容。
赤羽ファンには、たまらなく面白い内容だと思います。
地元赤羽の本屋では、『ONE PIECE』より売れている、とか。

その漫画で、「赤羽馬鹿祭り」という赤羽発祥のお祭りが紹介されていました。
ちょうど60年前に行われた第1回が4月1日のエイプリルフールに開催されたのに因んでのネーミングだそうです。
今年は終わってしまったのかと調べたところ、今年は4月の23日(土)と24日(日)の2日間が開催日だそうです。
「北区最大イベント」と謳われるわりには、今日まで知りませんでした。
都合が合えば参加してみようと思います。皆さんもいかがでしょうか?


今更ながらPDCA

火曜日, 3月 1st, 2016

昨日は2月29日。今年はうるう年ですね。
うるう年といえば、オリンピックイヤー。
8月のリオデジャネイロ大会が楽しみです。

オリンピックは、1896年、アテネで第1回が開催され、以後4年に1度、途中戦争による中断を挟みつつ、今日まで継続されていて、今大会は31回目になるようです。

オリンピックの花形種目といえば100m走と思います。
第1回大会の100m走で金メダルをとったアメリカのトーマス・バークという人のタイムは12秒0だったそうです。

前回ロンドン大会でのウサイン・ボルトのタイムは9秒63ですから、116年間で2秒4弱の進化があったわけですね。平均すると1大会につき約0.08秒ずつの進歩の積み重ね。
この進歩は、やはり定期的に大会が開催され続けてきたからこそ、成し遂げられたのだろうと思います。

ところで、経営の分野でも、定期的に「目標を立て(Plan)、実行し(Do)、その結果を検証して(Check)、やり方や考え方を修正し、やり方を進化させる(Action)」サイクルを回す仕組みを効果的にすることが、事業運営の基本とされています。

このPDCAサイクルという言葉は、日本で広まってから何十年も経っていますが、しっかり実践するのは中々難しいものだと思います。最近読んだ「PDCAプロフェッショナル-結果を出すための思考と技術-」という本では、「PDCAを廻せれば、どんな会社も経営できる」という元トヨタ会長の言葉が冒頭で紹介されていました。

簡単なようで難しい。古くて新しいPDCAの実践に、何かと真面目に取り組んでみようかと、うるう年に思う今日この頃です。


「エンディング・ノート」

金曜日, 1月 29th, 2016

「エンディング・ノート」という映画を観ました。

この映画が公開されたのは2011年の10月ですが、
本来この年から予定されていた相続税増税は、3月の震災や翌年の政権交代を経て、ようやく昨年から始まりましたね。
この数年間ずっと気になっていて、ようやく観ることができました。

この映画は、「会社、命」と言って憚らなかった、大手化学メーカーを勤め上げた元熱血サラリーマンのお父さんが、
末期のガンとわかり半年後に亡くなるまでのドキュメントです。
なんと、監督は実の娘さんです。というか、肉親だからこそ撮影できた内容ともいえます。

主人公であるお父さんの、43年のサラリーマン人生で鍛え上げた見事な段取り力により
着々とエンディング・ノートが整えられていきます。また、ご家族の絆が、印象的でした。

ブログの題材にしようと2回目を観ましたが、ラストを知っているだけに、1回目とは感じるものが違いました。
冒頭シーンは、葬儀の段取りをすべく、カトリックに改宗するために訪れた四谷の教会で、神父さんに自己紹介している場面です。
ユーモアたっぷりで、治療にも希望を持っている主人公が笑っているのでした。

いろいろな意味で、勉強になる作品です。
ご興味ある方で未だ見られてない方には是非お奨めしたいです。
とはいえ、同じような体験を既にしている方には辛い内容かもしれません。

余談ですが、
ご自宅が近いらしく、代々木の当事務所建物も、ちらりと映っていました。
生前は、この辺りを歩いていらしたのかも。
ご冥福をお祈り致します(アーメン)。


スターウォーズに覚醒

水曜日, 12月 30th, 2015

友人からチケットを譲り受け、思いがけずスターウォーズの新作を公開2日目に家族で観る機会を得ました。

今作の舞台は、旧3部作エピソード6「ジェダイの帰還」から30年後。
ということで、旧3部作を見ているとさらに楽しめるだろうなと思い、昔買ったDVDとアップルTVで、全6作を観返しました。

今回ようやくストーリーを理解できてスッキリしました。
旧3部作公開時の小学生時代から前3部作公開時のアラサ―時代までの想い出が蘇り、かつ今小学生の子供たちも新たに興味を持ち始めるという面白い体験でした。

今作は、ジョージ・ルーカスが2012年にディズニーに権利を譲渡(40億5千万ドルとか!)しているため、従来の6作と異なり、いわばディズニー映画でもあるそうです。何故、売却してしまったのかにも興味が湧き、Huluで見つけた、「ザ・ピープルVSジョージ・ルーカス」というドキュメント映画も見てみました。いろいろとあったんですね。

また、今日たまたま読んだ週刊文春の記事では、素敵な伴侶と巡り合い再婚して子供ができたことも権利売却の一因ではないか、なんてことも書いてありました。
この奥さん、30代の頃から、スピルバーグの映画会社ドリームワークスやスターバックスなど複数の企業で役員を務めるバリバリのキャリアウーマンでしかもアフリカ系だとか。TEDでのプレゼンを見つけましたが、確かにパワフルで魅力的な人ですね。

子供たちもハリーポッターに代わる新たな興味の対象を見つけたようで、家族そろってスターウォーズ熱が高まっている年の瀬です。

お読み頂き有難うございました。
良いお年をお迎えください。
フォースと共にあらんことを<(_ _)>

<娘作の4コマ漫画「ライトセーバーの平和的使い方」>


平戸市はなぜ、ふるさと納税で日本一になれたのか?

月曜日, 11月 30th, 2015

2014年度のふるさと納税による寄付獲得額で日本一になった自治体は、日本の陸路最西端に位置する長崎県平戸市でした。その額は14億円を超え、同市の市民税の収入を上回ったのだそうです。どうしてそのような結果が得られたのか、その舞台裏を同市の黒田成彦市長がにまとめ出版しています。

キーワードは、「「ないものねだり」から「あるもの磨き」」。
ないものに拘らず、あるものを磨き活用する、という意識の転換です。

2009年に市長に就任後、政策決定のスピードアップを図り、意思疎通の精度を高めるため、若手職員が市長と直接意見交換を図る場として、会費制による自由参加型の「意見交換会」(いわゆる呑み会)を定期的に開催することを始めたそうです。部長・課長などの管理職は参加できないルールにもしたとか。その試みの1回目のメンバーであった一若手職員が、ふるさと納税制度活用のアイデアを進言し、ほとんど1人で推進したのだそうです。

具体的な施策については「逆転の発想「10の戦略」」として次のようにまとめられています。一般的には「弱み」である点を、独自の「強み」に変える様々な試みです。

01.
 従来「待ちの姿勢」だったふるさと納税制度を、ゲーム性のある楽しく戦略性のあるシステムに変える
02.
 「売れ筋商品を幅広く揃える」から「平戸産へのこだわり」を徹底し、少しぐらい高値でもよい商品を揃える戦略に変更
03.
 定時定量供給でなければ成立しない「商品ブランド」戦略から、季節ごとに少量多品目を提供する「平戸コーナー」の設置で「地域ブランド」戦略へ転換
04.
 カタログを単なる商品紹介から、読んで、見て、楽しいものにする。このワクワク感が寄付につながる。
05.
 「お礼の品」という一回きりのお付き合いから、ポイントの永年繰り越し可能で「価値の継続」「貯める楽しみ」を演出し、長いお付き合いとなる「絆」づくりへ
06.
 1品種をまとめる方が効率がよいという発想ではなく、少量を組み合わせたバラエティ溢れるパッケージで、消費者のニーズに応えていく
07.
 商品価値は、単に市場価格で決まるのではなく、生産者のこだわりや生産地の歴史・環境などが醸し出す「物語」によって見出される
08.
 返礼品に選ばれないと思われていた高額な商品が、ポイントの永年繰り越し制度によって選択可能になり、平戸市ふるさと納税の魅力をけん引
09.
 生産能力や季節的な制約によって数量が限定される商品は、頒布方式や会員限定特典として品切れを起こさないような仕組みに進化
10.
 行政にとっては特定の事業者を選ぶことが困難と思われるが、平戸市では4団体に絞り込んだことでこの団体に参加する構成組合員全員と取引が可能となった

本書を読んだ感想をまとめると、できないことに拘り何もしないのではなく、できることやできるかもしれないことに着々と挑戦することが、やはり大事だな、と。改めて思いました。


プロパー主義

火曜日, 11月 3rd, 2015

先日お会いした企業オーナーの方のお話。
自社の重要プロジェクトで、通常ならば外部の専門家を頼るところ、全てを自社の生え抜き社員に一から学ばせて達成させたとのこと。
担当者はさぞかし苦労されたでしょう。
「うちはプロパー主義ですから」と笑っておられました。

「プロパー主義」という言葉の意味を考えてみました。
プロパ―社員(新卒生え抜き社員)を重用し、中途採用社員は非主流とされる社風を揶揄する言葉として使われるケースもあるようですね。毎年大量の新卒社員を採用できる大企業では、このような社風が事実上醸成されることもあるのでしょうか。
私たちのような中小零細企業や専門業については、そのような意味での「プロパー主義」は到底成り立ちようがありません。

一方で、生え抜き社員を、自社内での教育や経験によって実力を養成し、たとえ未経験の業務でさえも試行錯誤を重ねてでも達成し得るように育て上げる「プロパー主義」であれば、組織が長期に存続し成長を続けるためには、不可欠な考え方であると思いました。短期的には非効率であっても、長いスパンでは報われるのかもしれません。少なくとも、冒頭のオーナーの企業では成功しているようです。

話は変わって、先日行われた会計士協会東京会主催のフットサル大会。
わがFC.KOYANOは、3年ぶりに予選リーグを突破しベスト8に進出することができました。ほとんどは学生時代にサッカー経験があるものの(私はそれすらありません)、このチームでしかプレーしていないメンバーばかり。昨年の惨敗以来、1年間、練習、話し合い、試行錯誤を重ねて、チームとしての戦い方を共有し、各個人がやりたいことを犠牲にしてでも規律を守った結果得られた成果でした。

自チームでできることを考え、それを磨き、できることを少しずつ増やし、時には自ら自由を制限しつつ、挑戦すべきところでは思い切って試していく。経験と試行錯誤と訓練を重ねることで、一歩一歩進歩する。

職場もフットサルチームも、かくありたし、です、ね。


日韓税理士サッカー大会

水曜日, 9月 30th, 2015

前回触れた日韓税理士サッカーですが、
まさかのMVP受賞者として、チームの慣習により任命を受けまして、会報に大会レポートを寄稿しました。
許可を頂きましたので、今月のブログとして転載させて頂きます。恐縮です。

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9月5日、味の素スタジアム西競技場、天然芝の素晴らしいピッチにて、
第14回日韓税理士サッカー大会が開催されました。

毎年日韓交互で開催される本大会は親善が第一ですが、試合は互いに真剣勝負。
40歳以上、未満、年齢制限なしの3チームの対戦結果は、1-1、6-0、1-2のイーブンながら、
40歳未満の大勝利にチームの皆が歓喜しました(昨年はアウェーで1-5、4-5、3-4の全敗)。

懇親会も大いに盛り上がり、日韓税理士の絆、各チームの仲間の絆は一段と深まりました。
もう来年の開催が待ち遠しいです。
サッカーを愛する(東京税理士会会員の)方は、一緒に来年の韓国を目指しませんか?

このような素晴らしい行事を続けられるのは、
当日もお越し頂いた神津会長はじめ東京税理士会の皆さまのご協力の賜物と存じます。
心より感謝申し上げると共に今後とも応援の程お願い申し上げます。

(渋谷支部 長谷川徳男)
= 東京税理士界 平成27年10月1日号(No.705)7面より =
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日本人への遺言

火曜日, 9月 1st, 2015

先日大阪出張の際、アポとアポの間の数時間が思いがけず空いてしまったので、その時間を利用して、ここ数年の間、いつか行こうと思っていた司馬遼太郎記念館に行ってきました。

「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」、「世に棲む日々」などを著した大歴史小説家の自宅跡と隣接する蔵書や記念品を展示した建物からなる施設。近鉄奈良線八戸ノ里駅を降りて10分ほど歩いた住宅街の中にありました。

直筆の表札が掲げられている入口から、木々の茂る庭を抜けていくと、亡くなる直前までそこで執筆されていたという書斎が、ガラス窓越しに覗けるようになっています。そこは、まるで今でも使われているかのように清潔に保たれていて、執筆作業中の司馬氏の姿が容易に想像できるような気になり、そこを見ることができただけでも訪れた甲斐があったと思いました。

さらに庭の奥を進むと、安藤忠雄氏設計の記念館にたどり着きます。そこでは、直筆原稿や愛用のペン、メガネ、蔵書などが展示されていて、ファンにとっては萌えること間違いありません。

自分へのお土産に、赤い革のオリジナルブックカバーと、「日本人への遺言」と題した対談集と「二一世紀に生きる君たちへ」の対訳版の2冊を買い、帰りの新幹線での楽しみにすることにしました。

「日本人への遺言」は、経済学者や政治家、宮崎駿氏や大前研一氏らとの対談をまとめたものですが、その中で、ロナルド・トビ氏というアメリカ人の日本と朝鮮の文化史の大家との対談が特に印象的でした。

その対談の締めくくりは、対談集のタイトルの通りのまさに「遺言」のような内容で、次のようなことを日本の若い人に薦めたいと言っています。

「一番近い隣人ですから、若い人もぜひ韓国人のいい友達を持ってほしい。そうすれば、たとえお椀の持ち方の違い一つとっても、驚きとして、文化としてわかってくるようになりますから。」

ちょうど今週末、韓国ソウル税務士会サッカー部と東京税理士会サッカー部の年に一度の親善試合「日韓戦」が、味の素スタジアムにて行われます。私もover40チームでGKとして出場させてもらう予定です。試合の結果もさることながら、サッカーを通じて、よき友人を増やせればいいなと、改めて想いました。週末まで、ワクワクドキドキの数日間を楽しみたいと想います!


島唄沁みる夏

金曜日, 8月 7th, 2015

夏休みの家族旅行は沖縄でした。
南の島のリゾートであるとともに戦後70周年ゆかりの地を訪れようとの選択です。

「お勉強は先に済ますべし」ということで、初日、レンタカーですぐに向かったのは「ひめゆりの塔」と、隣接する「ひめゆり平和祈念館」。太平洋戦争末期、沖縄での地上戦で日本軍に奉仕し、多くの女学生が悲劇的な最期を迎えた沖縄にとって忘れてはならない場所。

敷地入口に立っただけで、何か胸が熱くなる感じがしました。
記念館で展示される当時の体験手記を読み、上映される生き延びた元女学生だった御婆さんたちのインタビューを見て、改めて戦争の悲惨さと平和の尊さへの想いを強くしました。

島唄」という曲は、作詞作曲した「THE BOOM」のボーカル宮沢和史氏が、この場所を訪れた際に受けた衝撃を基に書き上げられたのだそうです。

作られた経緯を知り、ひめゆりの塔を訪れた後、歌詞の意味を噛みしめながらこの曲を聴くと、今までと全く違う想いが湧いてくるのでした。